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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)110号 判決 1963年5月30日

原告 大橋隆雄

被告 茶谷産業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「特許庁が昭和三三年審判第四八六号事件について昭和三六年七月一〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、登録第四七四一八八号実用新案「造花」(以下本件登録実用新案という。)の権利者であるところ、原告は、特許庁に対し、昭和三三年九月一八日、被告を被請求人とし別紙記載の(イ)号図面および説明書に示す造花(以下(イ)号造花という。)が本件登録実用新案の権利範囲に属する旨の審判を請求し、昭和三三年審判第四八六号事件として審理された結果、昭和三六年七月一〇日右申立は成り立たない旨の審決がされ、同審決の謄本は、同月一九日原告に送達された。

二  本件登録実用新案の要旨は、別紙図面に示すとおり、「内部を中空(1)にし適宜の葉形に抂屈成型した第一葉(A)の尾部(2)の端口(2′)から、パイプ体の茎(3)を挿通し、その先端に、花軸(4)の末端を嵌着し、且つ第一葉の尾部(2)と、該尾部(2)を被覆する如く第二葉(5)とを、上記茎(8)にそれぞれ被着させてなる造花の構造」にある。

三  本件審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。すなわち、審決は、本件登録実用新案の要旨を前項と同様に認定したうえ、「本件登録実用新案と(イ)号図面および説明書に示す造花とを対比すると、内部を中空にし適宜の葉形に抂屈成型した第一葉の尾部の端口からパイプ体の茎を挿通し、かつ第一葉の尾部と該尾部を被覆する如く第二葉とを、上記の茎にそれぞれ被着し、また花軸を設けた造花の構造において、両者は一応一致していることが認められる。しかし、前者は第一葉(A)の尾部(2)の端口(2′)からパイプ体の茎(3)を単に挿通して茎(3)を端口(2′)に固着せず、かつ茎(3)の先端に花軸(4)の末端を嵌着したのに対し、後者は第一葉(A)の尾部(2)の端口(2′)からパイプ体の茎(3)の先端を挿通してその端口(2′)に茎(3)の先端を固着するとともに、第一葉(A)の腹部(6)に支持片(7)を架着して、この片(7)の中央部に通孔(8)を設け、この孔(8)に花軸(4)の末端を嵌め込んで固定した点において、両者は構造上相違していることが認められる。そして、上記構造上の相違に伴つて、前者は、その説明に記載してあるような『荷造りの際には花茎の両部分を分離し、第一葉と第二葉とを取り外すことができるから、輸出向の長途の運搬に極めて利便が多い』という作用効果を奏するものであるのに対し、後者は上記のような作用効果を期待することができないものと認める。してみると、両者は全体としての構造および作用効果において著しく相違しているので、後者は前者と同一または類似の構造を有するものと認めることができないし、かつ後者は前者の考案要旨を包含するものとも認めることができない。したがつて、後者は前者の権利範囲に属するものとすることができない。」というのである。

けれども、本件審決は、つぎの点において判断を誤つた違法があり取り消されるべきである。

1  本件登録実用新案は、(a)第一葉を中空にし、その尾部の端口にパイプ体の茎を挿通し、かつ、第一葉の尾部と、該尾部を被覆するように第二葉とを、上記の茎にそれぞれ被着させた点を必須の構成要件とするものであるのに、この点は、(イ)号造花もまつたく一致している。(b)ただ、両者は、第一葉の中における茎の中断の存否、茎の固着の有無および花軸装着の構造において相違しているだけである。

したがつて、両者の外形的考案を全体として判断するときは、

(一)(イ)号造花は、本件登録実用新案の考案要旨を包含し、前者は後者を改良したものであり、(二)前者は、後者の構造ないし考案を使用することにより、はじめて実施しうるものといわなければならないから、(イ)号造花の構成要件中には、本件登録実用新案の考案要旨を包含し、(イ)号造花は、本件登録実用新案の構造を使用する範囲内でこれに抵触し、その権利範囲に属する。(イ)号造花の一部が本件登録実用新案の構造を具備する以上、他の部分において構造上差異があつても、抵触する部分について、その権利範囲に属する。

2  ところが、審決は、右の重要点(a)における両者の同一性を認めながら(b)の差異にこだわり、これが(a)点における同一性をも阻却させるにいたるもののように誤解し、上述1の観点を看却し(a)と(b)との両点について本末顛倒の判断をしたばかりか、つぎの諸点をも見過ごしている。すなわち、

(一)両者は、ともに、第一葉を中空にし、初めから抂曲部を構成させ、ついで中空部に茎を通すので、その製作が能率的に簡易化されるほか、たやすく崩型や変形するおそれがないことにおいて同一である。(二)(イ)号造花の茎が第一葉の端口において固着されるのと、本件登録実用新案の茎が第一葉中を貫通して花軸と連結して第一葉を保持することとは、ただ設計上の変更に過ぎない。本件登録実用新案の茎を分断すれば、第一葉を(イ)号造花におけるように保持させるにいたるわけであり、そこにことさら考案を要しない。(三)(イ)号造花における花軸の装着は、本件登録実用新案の茎と花軸との連結を分離すれば、右(二)の場合と同様に当然そのようになるものであるから、そこにさしたる考案があるとはいえない。(四)本件登録実用新案において、第一葉と第二葉とを取りはずすことができるのはもちろんであるが、(イ)号造花でも、茎がついたままではあるが、第一葉と第二葉とを取りはずすことができ、両者に差異はない。

右のとおり、前記(b)点(この点も(a)点とともに本件登録実用新案の必須の構成要件であることもちろんである。)における両者の構造および作用効果上の差異も、たがいに同一か微差に過ぎない。これらの点を看過した本件審決には審理不尽、理由不備の違法がある。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  主文同旨の判決を求める。

二  請求原因第一ないし第三項の事実は認める。同第四項の点は争う。

もともと、造花は、その自然物ににせて作るのが建前であるから、その外形についての考案などはありうるはずがなく、ただ考案するとすれば、枝と花の連結構造とかその他組立を容易にする構造とか主として内部構造についてされることになる。ところが、原告の主張するところは、結局造花の外形が類似であるから権利範囲に属するというに帰するものであるから失当である。また、原告は、本件登録実用新案の必須構成要件が請求原因第四項1(a)の点にだけあるかのような主張をしているのであつて、誤りである。

1  (構造の対比)

本件登録実用新案と(イ)号造花とでは、原告も認めるように(一)本件登録実用新案においては、茎(8)は花軸(4)の末端を嵌支するように第一葉(A)をほとんど貫通しているのに対し、(イ)号造花においては、茎(8)は第一葉(A)の尾部端口(2′)にとどまり、花軸(4)を嵌支するものではない。また、(二)本件登録実用新案においては、茎(8)の上端に花軸(4)の末端を嵌着するのに対し、(イ)号造花においては、第一葉(A)の中腹に支持片(7)を架着してこの片(7)の孔(8)に花軸(4)の末端をはめ捻回して固定しているから、両者は、花軸装着の構造を異にする。

2  (作用効果の対比)

在来のこの種の造花においては、第一葉の屈曲部の成型が技術的に困難であり、また、当初の葉形が崩れがちで長期にわたる原型の保持が困難であつたところ、本件登録実用新案においては、これを改め、第一葉を中空にし、初めから抂曲部を形成した後この中空部に茎を通すので、製作が能率的に簡易化されるほか、崩型や変形するおそれがなく、しかも、荷造りの際に花茎の両部分を分離し、さらに第一葉と第二葉を取りはずすことができるから輸出向けの長途の運搬に便利である。ところが、(イ)号造花においては、花軸の先端は、中空の第一葉(A)の腹部(6)内に架着した支持片(7)の通孔(8)にはめ込んで固定させている(具体的には、二本の花軸を二個の通孔(8)に通し、内部で花軸を捻回して抜け出しを防止する)ものであるから、この場合は第一葉と花であるが、これらが容易に分離しえない。ひいてまた、(イ)号造花においては、花と茎とを分離しうるという構造にもなつていない。本件登録実用新案と(イ)号造花とは、右のとおり作用効果においても異なる。

本件審決には、違法の点はなく、原告の本訴請求は失当として棄却されるべきである。

第四証拠<省略>

理由

一  本件審判手続の経緯、本件登録実用新案の要旨および(イ)号造花の構造、本件審決の理由の要旨についての請求原因第一ないし第三項の事実は、当事者間に争がない。

二  そこで、本件登録実用新案と(イ)号造花とを対比して考える。

1  まず、両者は、構造上、

(a)  内部を中空にし適宜の葉形に抂屈成型した第一葉の尾部の端口から、パイプ体の茎を挿通し、かつ、第一葉の尾部と、該尾部を被覆するように第二葉とを、上記の茎にそれぞれ被着し、また、花軸を設けた造花である点において一応一致している。けれども、両者は、つぎの点において、たがいに相違している。すなわち、

(b)  (茎の固着の有無について)本件登録実用新案においては、第一葉(A)の尾部(2)の端口(2′)からパイプ体の茎(3)を単に挿通し、茎(3)を端口(2′)に固着していない(この点は、成立について争のない甲第二号証および弁論の全趣旨によつて認める。)のに対し、(イ)号造花においては、第一葉(A)の尾部(2)の端口(2′)からパイプ体の茎(3)の先端を挿通し、その端口(2′)に茎(3)の先端を固着するものであり、

(c)  (花軸装着の構造について)本件登録実用新案においては、茎(3)の先端に花軸(4)の末端を嵌着しているのに対し、(イ)号造花においては、第一葉(A)の腹部(6)に支持片(7)を架着してこの片(7)の中央部に通孔(8)を設け、この孔(8)に花軸(4)の末端をはめ込んで固定させるものである。

(d)  (茎の先端と花軸との連結の有無について)右(c)の構造上の差異からひいて、本件登録実用新案においては、花軸(4)は茎(3)の先端に嵌着連結されているが、(イ)号造花においては、茎(3)の先端と花軸とは連結していない。

右のとおり、本件登録実用新案のものと(イ)号造花との間には、明らかな差異がある。

2  つぎに、両者の作用効果について考える。前掲甲第二号証によれば、本件登録実用新案は、在来のこの種造花において主として第一葉の屈曲部の成型が技術的に困難で、繁雑な手数等を要する割合に出来ばえがよくなく、しかも当初の葉形が崩れがちで長期の原型保持が望み難かつたところから、これを改め、第一葉を中空にし、初めから抂曲部を構成させ、ついで、該中空部に茎を通すこととしたものであり、そのため製作が能率的に簡易化されるほか、たやすく崩型や変形するおそれがなく、しかも、荷造りにあたつては、花と茎との両部分を分離し、さらに第一葉と第二葉とを取りはずすことができるから、輸出向けの長途の運搬にも利便が多いなどの効果を有することが認められる。

ところが、(イ)号造花においては、当初から抂曲部を設けた第一葉を作ることから得られる利便については、本件登録実用新案のものと一致するところがあるとしても、出来上つた造花としては、花軸(4)、第一葉(A)および茎(3)はたがいに固着ないし固定され、一体となつていることが、前示(b)(c)(d)の差異点に徴し明らかであるから、これらを取りはずし、本件登録実用新案におけるように輸送等の利便に資するに由ないものであることが明らかである。のみならず、その製造にあたつても、もともと茎(3)を第一葉の尾部(2)の端口(2′)に挿入してこの端口(2′)の部分と茎(3)の先端部とを固着する構造のものであるから、単に茎(3)を端口(2′)に挿通しその嵌合によつて第一葉を茎に保持する本件登録実用新案のものに比し、部材選択にあたり茎(3)の外径と第一葉の尾部(2)の端口(2′)の内径との適合についてより少ない配慮で足りるであろうし、さらに、右部分の組立て製作および第一葉(A)に対する花軸(4)の取付け固定の作業の点を合わせ、本件登録実用新案と対比して考えるとき、両者は、作用効果においても明らかに異なるというべきである。

三  ところで、本件登録実用新案の(イ)号造花との前示一致点(a)にかかる構造が本件登録実用新案の構成要件であることは、前示認定の事実および前掲甲第二号証によつて明らかであるけれども、これらおよび弁論の全趣旨によれば、また、本件登録実用新案は、右(a)の点だけでなく、前示差異点(b)(c)(d)にかかる構造、すなわち、茎(3)が第一葉(A)の尾部(2)の端口(2′)に挿通されていて固着されていないこと、花軸(4)の末端が茎(3)の先端に嵌着されていて、茎(3)の先端と花軸(4)の末端が連結していることも、その必須の構成要件としているものであることが明らかである。そして、本件登録実用新案において、右(a)の点以外の構成要件が(a)の構成要件に劣らず重要な要件であり、これらの要件が結合して全体として前示認定のとおりの作用効果を奏するにいたつていることは、前示認定事実および弁論の全趣旨に徴し明らかであるところ、(イ)号造花は、本件登録実用新案と右(a)の点以外の構成要件において構造上前示のとおり明らかに相違し、かつ、この相違にもとずいて前示のとおり明らかに異なる作成効果を有するにいたつている以上、その相違は原告主張のような微差ということができないのはもちろんであり、両者を全体として対比するとき、(イ)号造花は、本件登録実用新案の権利範囲に属しないものといわなければならない。

原告は、(イ)号造花を本件登録実用新案の権利範囲に属するものとし種々主張するところがあるけれども、右に直接判断したもののほか、いずれも以上の判断にそわないものであるから、採用できない。

四  右のとおりである以上、(イ)号造花を本件登録実用新案の権利範囲に属しないものとした本件審決は、相当であり、その取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

(別紙)

原告の有する登録第四七四一八八号実用新案(本件登録実用新案)の図面 <省略>

(イ)号図面および説明書

一 図面 <省略>

二 説明

この造花は、内部を中空(1)にし、適宜の葉形に抂屈成型した第一葉(A)の尾部(2)の端口(2′)から、パイプ体の茎(3)の先端を挿通し固着すると共に、第一葉(A)の腹部(6)に支持片(7)を架着して、この片(7)の中央部に通孔(8)を設け、この孔(8)に花軸(4)の先端を嵌込んで固定させ、且つ第一葉の尾部(2)と、該尾部(2)を被覆する如く第二葉(5)とを、上記の茎(3)にそれぞれ被着させたものから構成されている。

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